音楽はもう出尽くした【音楽】

こんばんは。

桜の蕾がポツポツ開き始めてますねデオドルE浦です。

満開の桜を見るのが楽しみです。

◾音楽って変わり映えしませんね

いきなりディスってる感じですが、もう随分と前から言われてることですね。いわゆる、音楽ジャンルは出尽くしてるとか、コード進行や組み合わせとかリズムとか、そういった話題のことです。にも関わらず、音楽を楽しむことが絶え間ないのがなんだか不思議に思うことがあります。出尽くしてるのに、飽きないってなんなんでしょう。変だと思いませんか?

同じパターンや同じ構成だし、何処かで聞いたことあるようなことも見受けられます(それを世ではパクリと言ったりオマージュと言ったり)。だけど歌うアーティストやタイミングによって、新しいオリジナルとして受け入れることができます。音楽は音なので目に見えないし感情に届けるものだから、様々な受け取り方があるからでしょうか。譜面を追えば、きっとかなり類似したフレーズは沢山あるでしょうけど、極端でなければ問題になりませんしね。

◾️結局は組み合わせ

新しいものを作り上げるのは、かなり大変なことだと思います。なにかしらに影響を受けて育ったし勉強してきたので、一つのフレーズを思いついたとしても、突き詰めれば同じ曲が存在するかもしれません。だけど、それぞれを音楽理論に乗せて組み合わせ馴染ませると、なんだか新しい音楽が生まれるんですね。

歌詞も楽曲も人の感性に響かせるということで見れば、大衆に共感を生むのが音楽ビジネスってことなので、組み合わせが上手い人ほど良い曲を作れるということなんでしょう。

とあるアーティストの歌詞に、こんなものがあります。

根性苦労が美徳の世界

貧しい美学のここ日本

やっぱり演歌の国日本

だからロックの人でも 歌詞で泣かすから

みんなヒット出す バラードソング

しまいにゃ悪魔も バラードソング

本来の歌詞は「日本語英語」をテーマにしたものなんですが、この歌詞も受け取り方によっては「組み合わせ」で音楽を作ることにも合ってませんか?最後の「しまいにゃ悪魔もバラードソング」とか秀逸だなぁと。「悪魔」という定義で見れば違和感かもしれないけど、音楽というショービジネスで考えれば正しい組み合わせなんです。

◾️編集力をもっと磨きたい

僕は0から1にできない人間らしいです。とある心理テストで明確になったことですが、言われてみると確かにその通りだなぁと感じています。「これは0じゃない?」と思っても、ちょっと調べたらもう既にあるし。下手したら使い古されて、今では「無用」となったものだったりします。

でも、1を10にすることはできるようです。既にあるものや、「これをこの状態にしたい」という注文があればなにかと組み合わせて昇華することはできるようなんですよね。

そのときに大事になるのは、色んなことを自分に蓄積しておくこと。特に、体験しておくことは大事だなと思います。「なにかで見た」程度だと、人に伝わるものは作れないと思います。体験して感動して、誰かにも同じ体験で幸せになってほしい。その体験をどんどんしておいて、必要なときに引き出せるようにしておく。遊びが大事な理由がわかった気がします。

もっと色んな所に出掛けたい。もっと色んな人に会ってみたい。自分が経験してこたかったようなことを、その人から受け取りたい。

だから、今日も飲みにいきます!