文化に序列をつける人【漫画】

こんばんは。

すっかりブログを書くことを忘れていましたデオドルE浦です。

はよせな。

◾文芸

文芸とはなんぞやってことは、わかりません。故に、文芸について語る術は持ち合わせていません。そこらへんは、文化学者さん(そんな人がいるかどうかも知らんけど)にお任せして、僕は文字で表される文化や芸術について自論を書いてみようかと思います。

本を読むのが好きです。知らないことを知るのは楽しいし、発見にワクワクするし、冒険にドキドキします。とはいえ、毎日一冊読むとかそんなことはできませんし、しません。好きなとき、読みたいときに読むくらいです。あ、ネットでいろんな記事や誰かのブログを読んだりするから、それも入れていいはずなんで、なんだかんだ毎日読み物を見てるってことになりますね。

で、本を読むのが好きだと書きましたが、漫画を読むのも好きです。むしろ、活字の本より漫画を読む方が多いし好きです。「漫画が本だって?紙を媒体にしたものとしては同じ体だけど、漫画は子供が読むもので大人が読むなんて(笑)漫画は本じゃありません(キッパリ)」って言う人がいたりします。漫画は低俗な読み物とレッテルを貼る風潮は、いつまで経ってもなくなりませんね。オタクという存在を下劣で汚い存在に固定し、なにか犯罪があれば漫画の趣味を持ち上げる。漫画を読むヤツは、社会的に底辺。そうする方が、色々都合が良いのでしょうけど。見事にそれに釣られて「子供のいる前で漫画なんて読まないで。教育上よろしくない」なんて考えに至る人もチラホラ。

◾漫画家は映画監督みたいな存在

色々ご意見が出そうな定義ですけど、僕はそう思ってます。だって、物語を考えて絵を描くんですよ?脚本と撮影を同時にこなしてるわけです。もちろん、出版社の編集者がいるので、漫画家が全てを担ってヒット作が生まれてるわけではないですけども。ある部分で見れば、漫画家が映画監督のようであるというのは、理解されるんじゃなかろうか。

活字だけで物語を表現できる文芸作家は凄いのは確かです。でもね、漫画家も絵でそれを表現してるんですよ。そこでまた変な大人が水を刺して「絵なんて、言葉での表現に比べたら・・・」なんてバカの一つ覚えみたいなセリフを吐くんですよね。いやいや、登場人物の表情や背景画、角度や構図まで考えて表現されてる絵が、どうして文字に劣るというのでしょう。んじゃあ、ゴッホや北斎は芸術じゃないのかって。迫力のある絵が描けると、より音や空気感やニオイが伝わることだってあるわけですよ。

ね、映画監督みたいじゃないですか?

◾なにかの枠に入れたがる

この物語をどうやって読者に届けようか。その手段としての絵を、どのように描きあげようか。そういう、自己表現に文字も絵も関係ないと思うんです。伝える手段として得意なほう、好きなほうを選んだだけでしょう。強く影響を受けたもので自己表現したかっただけでしょう。

なのに、なにかと枠に入れて「ジャンル」作りに勤しむ人がいる。

ある話では、日本の音楽ってジャンル付けがとても難しいほど多種多様なんだそうです。特にヒットする音楽が多彩すぎて、ヒットチャートを比較すると諸外国は例えばR&Bで埋め尽くされてるのに、日本はロックもミクスチャーも演歌もアイドルもなんだかんだ・・・。この現象をどう定義付けるのが正しいか知りませんが、そのくらい芸術や文化に柔軟ってことじゃないですかね。ジャンルに囚われず、心の趣くままに楽しむことができる。そういう、しなやかさを持っているのが日本の文化だったり、日本人の素質なんじゃないですかね。

◾文化を楽しもうぜ

そういう、なんかのモノサシや決め事は無くしちゃってさ。とりあえず触れてみましょうよ。物語を追うだけじゃなく、時間を掛けて描いてある絵をじっくり楽しんでみましょうよ。「あ、こう描くとこんな表現ができるんだ」「手を描くって自分じゃできないけど、この人の描く人物の手は表情まで表現され凄いな」とか、なにか感じることができたらより楽しいはずですよね。