「あんたに言われたくない」は誰のため【自戒】

こんばんは。

今夜は銭湯に行って気持ちよくなってきましたデオドルE浦です。

銭湯って、独特なニオイがしますね。

体臭と塩素となにかが混ざったような。

嫌いじゃないけど、どの銭湯も同じようなニオイがしますね。

◾️定例の面会

実は、今日は子供との面会の日でした。

毎月第三日曜日に、お昼ご飯だけの面会。

時間にして、たったの1時間。

とても短い時間ですが、息子たちの顔を見られる唯一の時間です。

そんな面会ですが、だいたい毎月なにかしら理由をつけて実施されません。

学校で問題を起こしたとか、出掛ける予定があるとか。

まぁ毎月なにかしら思いつくもんだなと思いながら、メールを読むことになります。

その度にいつも思うのです。

どうして毎月定例なのに、たったの1時間の時間も作れないんだろうか。

「来週の火曜日に、粗大ゴミを回収するから」とか

「友達のお祝いになにか贈るから、考えといて」とか、

突然舞い降りたスケジュールってわけでもないのです。

互いに「約束を守りましょう」と作成した文書に書かれていることなんです。

この先10年分のカレンダーがあったとしたら、毎月第三日曜日に「面会」って書き込めることなんです。

それなのに、まともに面会が毎月決まって実施されたことはありません。

だから、毎月事前にこちらからメールをして「今週末だけど大丈夫?」と聴いています。

返事は前日だったり、今回だと実施予定時間の1時間くらい前だったりします。

◾️その度に気持ちが擦れる

定例なのに、そもそもスケジュールに入っていないような態度。

そう感じるたびに、イライラして居た堪れなくなります。

「どうして約束の日なのに、予定を入れるの?」

決まって返事はありませんが、実際にメールを書いているであろう元妻の言葉が思い出されます。

「あんただって、約束守らないでしょ」

彼女の理屈で言えば、「お前は約束を守ったことがない」と決めつければ、自分が約束を守らなくても正当化されるわけです。

約束を憶えてなかったことがあるのは事実なので、言われても仕方がないと言えばその通り。

ただ、これは二人のやり取りではなく、子供達との約束であることを忘れたらいけないんじゃないかな、と感じるんです。

◾️されて嫌なことを推奨する矛盾

さっきの理論でいつも思うのは、されて嫌なことを仕返したとして、それを見ていた子供は同じことを繰り返すんじゃないか、ということ。

「嫌なことをされたら、同じ嫌なことを繰り返しても許される」と信じるようになったら、これって親としてはとても罪深いんじゃないかな。

だって、「それはいけないことです」と言いながら、「あなたがするなら、僕もします」って同じ人間になろうとしてるってことじゃないですか。

親なら、そんな子供がいたら止めるべきじゃないですかね?

明らかに間違ってることは、それを知ってる人間が「真似したら、君も同じように人に嫌な思いをさせる大人になるよ」って教えるべきじゃないですか?

約束を忘れないように、どうやったらいいか考えて伝えて実行すべきでしょう。

そうやって、人に優しくできる大人になれるように見守るのが親じゃないのかな。

◾️とは言え

僕は実際、二人をそばにいて育てていません。

彼女の日々の苦労や悩みや辛さはわからない。

僕は一人だから、色んなところに出掛けて、色んな人と触れ合う時間があって、色んなことを考える時間がある。

あんな風に考えられるのは、そういう立場にあるからかもしれない。

そんなやつに、子育てを語る資格はないのかもしれない。

でも、僕にはどうあっても、二人は息子なんですよね。

心配しないわけがない。

彼ら名義のメールから伝わる情報が、いつも悲しい報告ばかりで心が痛い。

なにかしてあげられることはないかと考えるけど、波風立てたらそれが1番の負担になりそうで手は出せない。

なにが正解なのか、それがみつかるものなのかわからない。

ちょっと落ち込む。

◾️それでも明日は月曜日

色々考えても、正直どうしようもないことかと思ってます。

わからないことを、勝手に想像してイライラしてもしょうがないです。

この状況にしたのは、紛れもない自分ですからね。

だったら、もう気持ちを切り替えるしかないんですよね。

変な思考にならないように、切り替える!

それでも明日は月曜日。

さっさと布団を温めて、さっさと寝よう。

そうしよう。

愚痴でした。

以上です。