自分の常識は簡単に揺らいでしまう【アルプスの少女ハイジ】

こんばんは。

眼球の奥がズーンとしてるぜデオドルE浦です。

今日は、初の自作スライドでの人前プレゼンだったので、とても疲れたなぁ。

さっさと寝よう。

ケンイチローに借りっぱなしの本でも読んで、さっさと寝よう。

◾️寝る前に言わせてほしい

えっとですね。

いま、Youtubeで『アルプスの少女ハイジ』を観るのが日課です。

再放送で何度も見てるけど、ちゃんと通して見たことはなかったので、とても新鮮です。

叔母のデーテにイライラしたり、ハイジのホームシックとクララのワガママの鬩ぎ合いにイライラしたり、ペーターの嫉妬は激しいなと思ったり、街の人たちって言い方悪いけどすんげぇ良い人達ばっかやんと思ったりしました。

勿論、全体を通して涙し、ハイジの寂しさや人との繋がりに感動している次第です。

そんな感動の波が絶え間ない『アルプスの少女ハイジ』。

観ていると、「コラ、村人よ!オンジのことをよく知らずに悪く言うんじゃない!」という場面がチョイチョイ出てきます。

その一つに、第16話で村人達が「オンジのとこに預けてたらダメだ。なんとかして学校に通わせよう」と結託し始める場面です(ほぼ村のオバちゃんだけだけども)。

僕はその会話を聞いて、「学校に通わせるなんて、とんでもない」と思っちゃったんです。

◾️アニメの見方で僕の常識が一瞬覆った

『ハイジ』を楽しんでいる視聴者である僕の視点では、オンジは自然とハイジを愛するとてもいいおじいさん。

だけど、普段コミュニケーションのない村人にとっては、ちょっと変わった気難しい爺さんでしかないのです。

そのせいで、おじいさんの真意や願いが村人達には伝わらず、ハイジをかわいそうだと村人達は思うのです。

アニメにどっぷりはまっている僕の思考では、「オンジが行かせんって言いよっちゃけん、学校に行かせる必要げななかろーもん!」となるわけです。

このとき、ハッと思いました。

じゃあ、自分の息子を学校にやらないのか?

いいや、自分の息子は当然、学校に行かせるわい。

と。

そう、お話のなかでは簡単に自分の常識が覆っちゃうんですよ。

実際にやるかどうか、ということじゃなくて、考え方は感情などに簡単に左右されてしまうもんなんだって気が付いたってことなんです。

◾️アンタ、ちょっと危ないんじゃない?

アニメのこと現実がごっちゃになってるんだろ、と思ったでしょう。

でも、アニメや映画って感情移入するから感動するわけじゃないですか。

たぶん『ハイジ』を観た人の多くは、「ハイジはずっとアルムにいるのが幸せなんだ」と考えるんじゃないでしょうか。

人それぞれ生活があって、それを尊重しろよこのハゲ牧師!とか、思うんじゃないでしょうか。

実際、ハゲてますし。

与えられた情報で、気持ちや自分の正義感ってコロコロ変わってしまう。

そういう自分に気が付いたとき、「もっと広い視野で考えられるようにしないとな」と感じました。

どうせ世の中のことなんて、だいたいがフワフワしてんだから。

以上で〜す。