責任と無責任【私ごと】

こんにちは。

夕方のデオドルE浦です。

まだ梅雨は明けてないはずなのにこの暑さ。

ほんと、暑いの時期が嫌いなのでツライ。

そんなこと言ってても暑さは変わらないので前向きに・・・と思うのですが、やっぱりダメだ!!

若い時のように「一夏の〜」なんてこともないから(いや、若い時もないか・・・)夏なんて好きなやつにくれてやる!

■二人息子

ここのところ、頭から離れないことがあります。

それは、「息子二人と僕はどう接したらいいのか」ということ。

離婚して離れて暮らす息子がいるのですが、元妻との約束で月に一度決まった日曜日に1時間だけ面会をしています。

連絡手段はメールだけで、頻繁にやり取りはできません。

そんな感じなので、二人がどんな生活をしていて何を考えているのか、よくわからないのが現実です。

正直、気持ちとしてはヤキモキしています。

僕だって、彼らがどうなっていくのか心配です。

だから、実際に面会したときにできるだけ自分の思いを伝えるようにしています。

伝わっているかはわかりませんが、伝える姿勢だけでも持たないととも思いますし。

だけど、そんな僕の姿はなんだか歪に感じることがあるのです。

■責任と無責任

息子二人と会話をしていて、ふと思うことがあります。

「こうしてみたら?」とか「そんなに自分を責めなくていいよ」なんて優しい言葉を掛けたとして、それは彼らの生活を乱すことにならないだろうか?ということ。

そして、普段の彼らの生活を守っているのは僕ではなく元妻です。

長男は小学2年生で、学校や同級生との関わりもあります。

彼らを取り巻く環境は、一つの家庭だけではなくなったのです。

それなのに、状況もわからずなにかを言うのは無責任じゃないかと考えるようになりました。

息子達に直接関わることを放棄したのは僕なのに、都合よく干渉するのは卑怯だとも思います。

SNSを通じて仕事や遊びを多く発信するようにしていますが、それを見た息子達にしたら僕は信用できる大人に見えているでしょうか?

月に一回ちょっと会ってご飯を食べて、「お前達が心配だ」なんて言われたとして本当に僕を感じるでしょうか?

無責任で自分勝手な大人と思うでしょうね。

うんうん。

■ひねくれ者の僕は更に思う

ここで終わらないのが僕なんですが、責任と無責任ってなんじゃろな、と。

たとえ親といえど、子供の人生にまで責任は持てないと考えるんです。

「自分の人生は自分の責任でしかないよな」って。

親が描く最高の人生のシナリオってあると思うんですけど、それって本当にそいつの幸せのシナリオなんでしょうかね?

描いていたとしても、緻密に計算して編集されてます?

どうせ、どっかで聞きかじった知識と自分の大したことない経験を元に「こうなれば不自由ないよね」くらいでしょ?

でも、自分の人生すら最高の状態にコントロールできてない人が、人の人生最高に持っていけるもんでしょうか。

それって、無責任じゃないですか?

子供のときだろうと大人になってからだろうと、いわゆる無責任な人から無責任なアドバイスはいただくもんです。

それに惑わされ翻弄されて生きて行くんです。

失敗や傷を負わない人生なんてあるはずがない。

どんなときでも、岐路に立ったとき選択するのは自分の意思なんです。

■悩んで学んで

こんなブログを書いてると、つい聴きたくなりますね。

以上で〜す。