備えるということ【ニオイ】

おはようございます。

今朝はなかなか爽やかな朝ですねデオドルE浦です。

以前の家も陽射しがよく差し込む家でしたが、今の家はより朝陽の入り方が爽やかな感じです。

気持ちいい。

■ニオイへの意識

先日、先輩とお話をしていました。

で、昨日とある現場へ同行させていただきました。

両者に共通していた部分があるんですが、それは「クレームがある前に備える」ということです。

■クレームが起きてから対応する、という場合

話していた内容というのは、クレームが起きてからニオイ対策をした場合について。

近隣住民から「オタクのお店から、どうも調理のニオイがしているようだ。洗濯物や日常生活に支障を感じるから対策をお願いしたい」というお話から消臭対策をした場合、問題が長引くことがあるんだそうです。

というのも、ニオイは目に見えないので、明確に解決したと伝えにくいんです。

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ということわざが示すように、一度疑いを持つと次第にあれやこれやと結びつけて問題が大きくなるケースも珍しくありません。

こうなると、「事前にニオイに対する意識を持っていた方が良かったなぁ」なんて気持ちになるもんです。

「備えあれば憂いなし」ですね。

■新規店舗で消臭器を導入した現場、の場合

上の例とは対照的に、クレームが発生する前に設置を検討したお店に同行することがありました。

まさに「備えあれば憂いなし」。

問題はなさそうです。

しかし、これはこれで、ある「問題」が起きる場合があります。

それは、「ニオイの問題って、そもそも存在したのか?」という経営者側が疑問に思うパターン。

導入するイニシャルコスト、そして稼働すると発生するランニングコストというのは、莫大とは言わないにしても小さなお店などにとっては決して安くはないです。

「嗅覚」という曖昧な基準で導入するわけですし、「こんなことに大事なお金を、果たして使って意味があるのだろうか?」という疑心暗鬼が生まれるのも、誰もが理解できる考えですよね。

病気然り、車の事故然り、生命保険然り、「予防」や「備え」というのは何事もなければその価値が測れない代物です。

遭ったときに「用意しておけば・・・」なんて思いますが、問題化しないと備えてなくても良いのかな?と考えてしまうもんですよね。

■どこにポイントを置くのか

もうこれは利用される方の意識としか言いようがないのかな、なんて僕は思います。

なんじゃそりゃ、って回答ですけど(笑)

でも、そうじゃありません?

不適切な例えかもしれませんが、僕としては自衛隊に近いなぁって。

防衛大第一回卒業式の吉田茂総理の訓辞にある

「君達が日陰者である時のほうが、国民や日本は幸せなのだ」

に似てるなぁって。

え、大袈裟?(笑)

でも、そうじゃありません?

■できるだけ日陰者であるのが良いのかな?

なんかフワフワした立場の仕事な感じだけど、僕らがいることで必ず誰かの役には立ってるわけです。

何かあったから対応することもできますけど、やっぱり「備えておく」という意識がもっと広がれば、よりみんなの生活が豊かになると感じます。

僕はそういう、みんなの生活を支える仕事をしてるんだって思います。

いや、まだそんな仕事してないけどw

このブログを書いていて、もっともっと僕らの仕事を伝えていきたいと感じました。

知ってもらえることで、ニオイへの意識を変える。

知ってもらえることで、他者への配慮を持つことができる。

知ってもらえることで、人に優しくできる。

そんな可能性のある仕事なんですよね。